『習熟度別指導の何が問題か』 佐藤学

 

習熟度別指導の何が問題か (岩波ブックレット)

習熟度別指導の何が問題か (岩波ブックレット)

 

 

 受験塾ではもちろんのこと、今や学校では習熟度別の授業が人気である。学校にいても、「あんなにできる生徒と、こんなにできない生徒を同じ教室で教えるのは無理」という言い回しはよく聞く言い回しである。

 

しかし、この本を読むと、国際的に見ればその議論はもうとっくに終わっていることがわかる。

 

佐藤は、習熟度別学習は(上位層の一部の者を除いては)効果がないことでコンセンサスが取れており、今や学びのトレンドは「協同学習」であるという。その流れに逆行しているのはアジア諸国であることを指摘している。かつて産業主義においては一部のエリートと大多数の単純労働者という構造が必要であった。その文脈でいうと上位層にのみ効果があることがわかっている習熟度別授業は効果的である。しかし、ポスト産業主義の今、学校に求められる学力は大きく変化している。つまり「知識と学びの「量」から「質」への転換がおこっている(p. 51)」のだ。(的外れな方策として、佐藤は「百マス計算」もあげている。日本の学力低下はその分野で起きているのではなく、「思考力」で起きているのであって、当該分野はドリルで力がつく領域ではない。)

 

この本は2004年のものだが、佐藤が出したその当時の結論は

 

授業改革の中心課題は、「習熟」と「暗記」に傾斜した無媒介的で個人主義的な<勉強>(脳のシナプスの結合)を「媒介された活動」と「協同学習」に基づく意味と関係の構成という<学び>へと転換する課題です。

 

となる。公立校が習熟度別に授業をせざる得なくなっている事情も本書には書かれてはいるがここでは省略する。とにかく、この「転換」を意識せねばならぬ、ということ。これは英語教育界でも、意識されている。(協同学習において最も大切な関わりは「聴き合う関わり」であることも指摘されている(p. 66)。いい聴衆である生徒を作るのは本当に難しい。)

 

自分自身のことで言えば、まだ満足にこの視点は授業に取り入れられていない。来年度は必ずや実現するつもりだ。