教科書をどう使うか

もう少しで、新しい年度が始まる。

今年度は高校2年生を担当。コミュ英と英表。

昨年度はうまくいかないことも多かった。
うまくいかなかったことを挙げてみると

1.英語を得意とする生徒には多少退屈になってしまった
2.雰囲気をうまく作りにくいクラスを1年間変えられなかった

この二つが大きかったように思う。
1に関しては教科書を抜きには語れない。

教科書にはバイアスがかかる場合がある。
教科書は簡単。教科書は受験の役に立たない。単純に覚えたりするのが嫌い。
ここまでは生徒の思い。

内容が浅い。
これが僕の思い。

生徒の思いに関しては、こちらで何とか工夫するしかない。
生徒が教科書を簡単と思うのは、そのマテリアルを教師がインプット中心に使うからだ。インプットはきっかけにして、そこからのアウトプットを中心に教案を作ればよい。
受験に役に立たないと考えるのは、今書いた難易度の問題にもなる。しかし、来年度は、教科書を使う頻度を多少減らし、他のテキストを使うことで回避する予定。要は、受験に役に立ちそうな(感じにみえる)テキストと洋物の難しめのものを使用する曜日を作り、生徒のモチベーションを持続させるという作戦。
最後の単純作業を嫌ってしまうことについて。具体的には、本文を暗記したり、何度も声に出して読んだり。
これは、語学学習においては必須だから、ある種無理にでもやらせていく必要がある。もちろん多少の工夫がこちらにも要求されるだろうとは思うが。小テストの形態、範囲を工夫したり、音読の方法もバリエーションを作るとか、強制的に読まされるのが嫌いなら、自由度の高い音読を推進するとか。

僕が個人的に思うことがある、教科書が浅い、という件。
高2にもなると、知的水準はかなり上がってくる。
かといって英語のレベルはそれに相応に上がっているわけではない。
ここが難しいところだが、一番簡単な対処法は、教科書を最初から最後まで使うという概念を壊して、内容的に引っ張りやすいものを選び、そのレッスンを時間をかけて扱うこと。それから、リスニングやリーディングマテリアルとして、オーセンティックなものを新たに付けたしやすいレッスンを扱うこと。
このあたりだろうか。

2番の雰囲気に関してはとても難しい。
これは、教師がクラスの雰囲気を変えようという姿勢が必要なのだと思う。
つまり、変えようともしないで、ただ嘆いてもうまくいかない場合が多いのだ。
雰囲気が暗くてやりにくいということであれば、明るくする工夫をする。
プレゼンが盛り上がらないとなれば、少しでも盛り上がる仕掛けを作る。
この姿勢が大切なのだと思う。
教師はうまくいかないことがあると、それを生徒のせいにしてしまうこともある。
それをいかに、意識的に排除して授業に臨むかが勝負だろう。


さあ、Landmark Ⅲがんばろ。

画像は合宿で行った精進湖で撮れた写真。逆さ富士。