『英語教育、迫り来る破綻』 大津由紀雄 江利川春雄 斎藤兆史 鳥飼玖美子

話題の本を。
だいぶ刺激的な題名の本です。書かれているのは、基本的に4月に出された自民党教育再生実行本部の提言への批判。
この著者の4人は各メディアでその旨の批判を繰り広げています。
4者とも全く同じ考えではないのだろうが、大きく言えば同じなのでしょう。

ここでは鳥飼氏の批判に目を向けてみます。

彼女は(他の3人もほぼ同様に)大学入試にTOEFLを入れても百害あって一利なしである、といっています。そして、彼女は今の入試もそれほど悪くなく十分にTOEFL,TOEIC型になっている。つまり大学の入試が諸悪の根源ではないから、それを抜本的に変えても根本的な解決にならないばかりか、現場に悪影響をもたらすと言っているのです。そして、もう現行の指導要領は十分にコミュニケーション重視になっているし、もっと言えばその方針の影響で学力の低下も起きていると。

この批判はどうなんでしょう。

まずはTOEFLの問題。確かにこの北米への留学を目指す学生が受けるこのテスト、日本の高校生に課すものとしてはハードルが高いとますが、4技能のうちのスピーキングにあれだけの力を注ぐテストを受けるとなれば、現場はだいぶ動揺し、焦り、大変でしょう。でも、今現場には、その薬が必要なのです。しかし、そのテストを全員に課すのは非現実的。だから、日本の高校生が受ける4技能に満遍なく点が行くテストを作ればいいのです。TEAPがんばれ。

次は入試の問題。日本の入試はよくなってません。問い方自体で文法問題は減ったかもしれませんが、トリッキーな問題は依然有名大学でも出ています(私立の医学部の問題もひどい)。あれは変えなくてはなりません。東大の問題はいい問題がもしれませんが、スピーキングはありません。問題は各大学が何のこだわりもなくテストに弁別力をつけるべく変な問題を作るからダメなのです。その変な問題を解けるようにと、なんの良識もない学力エリートたちを集めた塾が人気を博します。解決策は、英語という技能が問題となる教科で1点の力を争うようなテストを課さないことです。入試から外すのはどうかと思うので、先ほど言った4技能を見る日本独自のテストのみを入試に組み込み、大学の個別試験は禁止。これでOKです。もっと英語を学びたいものにはきちんとプログラムを作る必要はありますが。

次は指導要領について。
現在の指導要領はコミュニケーション重視にはなってません。主旨としてはなっているのかもしれませんけど、現状としてはなっていません。「英語表現」という科目の教科書は文法書のようなものが多く、その傾向の強い教科書か採択数を増やしてます。40人を超えるクラスサイズで何をやれと? まずは英語の授業は20人以上でやらないように規制をかける。そうすれば否応なしにコミュニケーションの多い授業になるでしょう。

書き殴りでした。でも鳥飼さんの意見、僕は大好きです。